ビートルズ来日50周年記念!日本のビートルズ・チルドレン6選

このコラムを読むと約5分でビートルズが好きになります

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このコラムでは、「日本のビートルズ・チルドレン」と題して、ビートルズ・ラブを感じさせるバンドや名曲の数々をご紹介いたします。

どうぞ、「日本のビートルズ」の世界に熱いハートをフォーカスして下さい。

WooM(ウーム)!!!!!

 

日本のビートルズを選ぶ

ビートルズが残してくれた名曲という遺産、彼らが示してくれた新しいものに対するチャレンジ精神……ビートルズが解散して約50年。未だに彼らは我々に、大きな大きな影響を与え続けています。ありがとうビートルズ!

そこで、今回は、ビートルズに影響を受けて音楽を始めたミュージシャンやバンド、その楽曲を「日本のビートルズ・チルドレン」として紹介したいと想います。

何を隠そう、野口も「ビートルズがいたから僕がいた!」系の音楽家です。紹介するアーティストたちは、個人的な思い入れ100%で選ばせていただいています!

 

THE BAD BOYS

4人の和製ビートルズ。

  • ポール = 清水仁
  • リンゴ = 城間正博
  • ジョージ = 川端孝博
  • ジョン = 廣田龍人(リッキー)

今でこそ、ビートルズのコピーバンドは日本中にたくさんいますが、バッドボーイズがデビューした1973年当時、その存在は画期的でした。なにしろ、ビートルズのプロデューサー「ジョージ・マーティン」からバッドボーイズの音源や資料が欲しいと連絡があったほどです。

彼らのデビューアルバムは、その名も「MEET THE BAD BOYS」。ジャケ写も「MEET THE BEATLES」を徹底的にパロディーして、非常に完成度の高いものでした。

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いいですね! このセンス(笑)

バッドボーイズの貴重なライブ音源があるので聴いてみようではありませんか。

THE BAD BOYS – 1974 Live 音源

ポール・マッカートニー役の清水さんは後に「オフコース」のベースとなります。また、ジョン役のリッキーは当時世界一のジョン・レノン役と言われていました。

CMでビートルズの楽曲が流れるとき、実は、リッキーが歌っていたこともあったのです(版権の関係などでオリジナルが流せない場合など!)。リッキーの歌う「ミスター・ムーンライト」は絶品でした。

ちなみに、彼らのデビューシングルは、ビートルズが教えてくれた。ビートルズ大好きの吉田拓郎さんが作詞作曲。彼らのために書き下ろした作品でした。

 

タケカワユキヒデ

ロックバンド「ゴダイゴ」のボーカルでほとんどの楽曲の作曲を担当していたタケカワさん。恐るべきビートルズ・ファンとしても有名です。

1975年に「走り去るロマン/PASSING PICTURES」というアルバムでソロデビューしましたが、当時、そのアルバムを購入した野口はぶっ飛びました。タケカワさんは、大学生、23歳くらいだったと想います。

素晴らしいクオリティーのアルバムでした! 全曲英語で歌い、ストリングスなどの編曲もすべて自分で行っていたのです。そして、ビートルズ・フレイバーは本物でした。

その才能に驚きましたが、母方曽祖父が国産バイオリンメーカー鈴木バイオリン創業者の鈴木政吉さん、母方大叔父が、バイオリン教育のスズキ・メソードで名高い鈴木鎮一さんと知り、本物のサラブレッドだと想いました。

でも、本人の努力なくして創作は成り立ちません。タケカワさんは努力の人なのだと想います。

当時は、野口も学生で曲を発表し始めていた頃ですから、1歳年上のタケカワさんの才能に憧れたものです。

アルバムの、どの楽曲の根底にもビートルズ愛がしっかりと根をはっていました! 野口がリスペクトする日本のビートルズ、日本のポール・マッカートニーです! アニキ~(笑)

タケカワユキヒデ – PASSING PICTURES

久々に聴かせていただいたら、マッカートニー節! めっちゃいいです。

……このアルバムの翌年、タケカワさんはゴダイゴを結成します。

 

財津和夫

1972年、九州から上京し、シンコー・ミュージックのアーティストとして、アルバム「魔法の黄色い靴」でメジャーデビューしたチューリップ

受験生だった野口は、それを初めて聴いた日、感動と驚き(日本からこんな凄いバンドが出てきたんだ!)で一日中アルバムを聴いていました。

72年というと、すでにビートルズは解散し、ポールはWINGSの活動を始めていたし、ジョージは3枚組の大ヒットアルバム「オール・シングス・マスト・パス」を出していたし、ジョンも傑作「イマジン」を発表していたし、リンゴも単独ソロでヒットを飛ばしていました。

そんな中、ビートルズ・フレーバー満載のバンドが九州は博多から出てきたのですから、日本中のビートルズ・マニアから驚きと喜びの声が上がりました!

その楽曲をほぼすべて手掛けていたのが財津さん! 音(サウンド)を聴くだけで、メロディーを味わうだけで、筋金入りのビートルズ・マニアであることが分かりました。

シングル曲は、「魔法の黄色い靴」という、これまたビートリーなタイトル! 転調満載のメロディー構成。明らかに同時代のロックバンドの作り上げる音とは、一線を画すオシャレさがありました。

多少、ファン目線ですが、ビートルズのアルバム「アビーロード」に入っていてもおかしくない位の雰囲気を持った楽曲です。

チューリップ – 魔法の黄色い靴

この曲は、話題には上りましたが、世に出すのが早すぎたのか……ヒットはしませんでした。その翌年、売れ線の「心の旅」が出て大ヒットするまでは、ファンはヤキモキしていたものです。

 

ザ・ズートルビー

ちょっと、気分を変えて「ザ・ズートルビー」。

1968年は、ビートルズの「ヘイジュード」が大ヒットした年です。そして突如、日本にザ・ズートルビーがデビューしたのです。あ、笑点の座布団運び、山田くんが在籍したアイドルグループ「ずうとるび」ではありません。

ジャケット見れば、一発で「あ、ザ・フォーク・クルセダーズのパロディーじゃん!」と分かるのですが、当時としては新鮮なギャグでした。

ザ・ズートルビー – 水虫の唄

ザ・フォーク・クルセダーズについては、こちらのコラムでも触れています。

ボイス・テクニックを駆使して声を武器にしよう

こういう遊びができてしまう、ザ・フォーク・クルセダーズこそ、日本のビートルズと言っても過言ではありませんね。

 

桑田佳祐

桑田さんのビートルズ・ラブは、皆さんもご存じですね。彼が作る作品の至る所にビートルズ・ネタが配置されています。もちろん、リスペクトから来るオマージュです!

その桑田さんが、自身のTV番組で渾身のビートルズ・オマージュ「そら耳ビートルズ」を作り上げました。数年前の世の中(世相)を俯瞰して、歌詞にしていますが……言葉のチョイスは、こういったパロディーにおいても天才的です。

また、バックのサウンドもビートルズの完全コピー! 元の歌詞の英語を子音・母音に分解し、それを日本語として再構築しているのです。お題は、アルバム「アビーロード」です。

桑田さんのビートルズ愛を堪能して下さい。そら耳「アベーロード」です。

ソラミミ アビィロード①

 

ソラミミ アビィロード②

……いかがでしたか? 平成の添田唖蝉坊(そえだあぜんぼう)と賞賛しても可笑しくない傑作ですね。

※添田唖蝉坊については、都々逸の三味線からスティービーHarpejjiまで!古今東西弾き語りスタイルでご紹介しています。

 

東京ビートルズ

ビートルズの日本デビューに合わせて、1964年、日本でデビューした東京ビートルズ! 凄まじいビートルズ・ラブ! 好きすぎてビートルズを日本語で歌ってしまいました。

真剣すぎるボーカル!ちょっと英語がなまってしまって、♪アイ・ワナ・ホールド・ユア・ハンド が、♪アイ・ワナ・放尿・ハンド に聞こえるのはご愛敬です(笑)。

ついでに言いますと、コーラスにおいては、コード進行もハモリも音程もあまり気にしていません。魂のハーモニーです。

究極のビートルズ・オマージュ! 東京ビートルズの「抱きしめたい」をお聴き下さい。

東京ビートルズ – 抱きしめたい

この曲も、当時の訳詞の神様と言われた漣健児(さざなみけんじ)先生の訳詞なのは驚きました。

60年代にポップスの黄金時代を築いた天才訳詞家「漣健児」

こうやって「日本のビートルズ」たちを並べてみると、日本のロックやJポップの黎明期は、ビートルズに憧れた若者たちが、ビートルズをリスペクトし、そのサウンドを研究しながら作り上げてきたんだと、しみじみ実感いたします。

 

まとめ

スキを貫き通すと世界が広がる! ありがとう、日本のビートルズ・チルドレンたち!

……これに尽きますね。

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野口 義修

投稿者プロフィール

音楽プロデューサー。
ベストセラーの『作曲本』(シンコー刊)や『楽しく学べる作詞作曲』(ナツメ社)の著者。
あみんの「待つわ」、雅夢の「愛はかげろう」、アラジンの「完全無欠のロックンローラー」、 伊藤敏博の「さよなら模様」......など多くの才能やヒット曲を世に送り出す。ヤマハ音楽院、昭和音大で作曲などの講師を歴任。

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野口 義修

音楽プロデューサー。

ベストセラーの『作曲本』(シンコー刊)や『楽しく学べる作詞作曲』(ナツメ社)の著者。

あみんの「待つわ」、雅夢の「愛はかげろう」、アラジンの「完全無欠のロックンローラー」、 伊藤敏博の「さよなら模様」......など多くの才能やヒット曲を世に送り出す。

ヤマハ音楽院、昭和音大で作曲などの講師を歴任。

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