めざせ童謡作家!動画で紹介『親子で歌いつごう日本の歌百選』その2

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このコラムでは、2006年に文化庁とPTA全国協議会によって選ばれた、親子で長く歌い継いでほしい童謡・唱歌など101曲を……毎回数曲ずつ10数回に分けてご紹介します。

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親子で歌いつごう日本の歌百選

今回、テーマに取り上げた『日本の歌百選(にほんのうたひゃくせん)』は、2006年(平成18年)に日本の文化庁と日本PTA全国協議会が、一般から募った895曲から厳選した101曲をさします。

 

なにが選ばれた?『日本の歌百選』

今回は、下記の4曲を紹介しましょう。

  曲名 作詞 作曲
4 朝はどこから 森まさる 橋本国彦
5 あの町この町 野口雨情 中山晋平
6 あめふり 北原白秋 中山晋平
7 雨降りお月さん  野口雨情 中山晋平

なお、全曲のリストは、下記をご覧ください。

親子で歌いつごう 日本の歌百選

 

004 朝はどこから

1946年(昭和21年)、敗戦直後の日本を励ますため朝日新聞が健康的なホームソング(の歌詞)を全国に向けて募集しました。今で言う作詞公募でした! そして、10526通の応募の中から一等当選歌(最優秀賞)に選ばれたのが、「朝はどこから」です。

ですから、作詞の森さんは、アマチュアの方だったのでしょうね。作曲の橋本さんは、バリバリのクラシックの方ですが、フレキシブルに歌謡曲なども手掛けられていたようです。

ちなみに、同じく1946年にNHKラジオで始まった『ラジオ歌謡』という番組でこの楽曲はオンエアされ、大人気を博しました。

・朝はどこから(作詞:森まさる 作曲:橋本国彦)

朝はどこから 来るかしら
あの空越えて 雲越えて
光の国から 来るかしら
いえいえ そうではありませぬ
それは 希望の家庭から
朝が来る来る 朝が来る
「おはよう」「おはよう」

昼はどこから 来るかしら
あの山越えて 野を越えて
ねんねの里から 来るかしら
いえいえ そうではありませぬ
それは 働く家庭から
昼が来る来る 昼が来る
「今日は」「今日は」

夜はどこから 来るかしら
あの星越えて 月越えて
お伽(とぎ)の国から 来るかしら
いえいえ そうではありませぬ
それは 楽しい家庭から
夜が来る来る 夜が来る
「今晩は」「今晩は」

動画を見てみましょう。

時代を感じますね。

終戦直後です。街には帰郷した復員兵があふれ、「ベビーブーム」が始まります(団塊の世代は、1947~49年生まれ)。日本人が、敗戦から立ち上がろうと、必死に頑張っていた時代です。

日本コロムビアからラジオ放送に合わせてレコードが録音・発売されました。これはコロムビアが戦後制作発売した最初のレコードです。

時代を感じながら聞かないと、この歌詞の本当の意味は見えてきませんね。

なんと、その朝日新聞の募集内容がウェッブ『池田小百合なっとく童謡・唱歌』に掲載されていましたので引用させていただきます。

【詞の募集内容】

 朝日新聞社は、敗戦の翌年の昭和二十一年三月十四日(木曜日)の紙面で『ホームソング』を募集しました。紙面は次のようです。「今の日本には子供も、大人も、みんなが聲(こえ)を合せて歌へる樂しい朗(ほがら)かな歌がない。

みんなが揃つて心愉しく歌へる『ホームソング(家庭の歌)』を募集する」。募集規定「歌詞平明、微笑ましい機智のある家庭の歌、題は随意だが新鮮なる格調を希望す。章節は三節以内。入選二篇(賞金一千円づつ)。応募方法・・・締切は三月三十一日。発表四月下旬」。

池田小百合なっとく童謡・唱歌

気になるのは、賞金ですが……当時の1000円は、(諸説ありますが)今で言う40~50万円くらいだったようです。

 

005 あの町この町

100選に5曲も入っている野口雨情さんと、「シャボン玉」「てるてる坊主」「あめふり」「雨降りお月」「証城寺の狸囃子」などの傑作を作曲している中山晋平さんの、いわば、ゴールデンコンビの名曲です。

初出は東京社(現ハースト婦人画報社)が出版する児童雑誌『コドモノクニ』1924年(大正13年)1月号とされています。

Wikipediaより

・あの町この町(作詞:野口雨情 作曲:中山晋平)

※あのまちこのまち 日がくれる
日がくれる
いまきたこのみち かえりゃんせ
かえりゃんせ※

おうちがだんだん とおくなる
とおくなる
いまきたこのみち かえりゃんせ
かえりゃんせ

(※くり返し)

お空にゆうべの ほしがでる
ほしがでる
いまきたこのみち かえりゃんせ
かえりゃんせ

大正13年というと、関東大震災の翌年です。しかし、大正時代全体としては、大正浪漫(たいしょうろまん)という言葉に代表されるように、独特かつおしゃれなアートが沢山生み出されました。

また、大正デモクラシー(デモクラシー=民主主義)という言葉に象徴されるように、政治・社会・文化にわたる民主主義的・自由主義的な動きが活発になった時代でした。『コドモノクニ』も、そうしたムーブメントの影響を受けて、子どもの個性や自我の尊重を基本的な編集方針としていたそうです。

そんな中で生まれたのが「あの町この町」なのです。正直、当時を知らない我々が聞くと、昔の童謡といった括りでしか感じられません。

メロディーの動きなども当時独特のおしゃれな西洋音階といったイメージだったようです。

下に紹介した夢二の作品や『コドモノクニ』の表紙などを見ながら、大正ロマンな気分で、「あの町この町」を楽しんでくださいね。

・大正浪漫を代表する竹久夢二の作品

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・「あの町この町」が発表された児童雑誌『コドモノクニ』の表紙

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・コドモノクニ「あの町この町」掲載ページ

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006 あめふり

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作詞の北原 白秋(きたはら はくしゅう、1885年(明治18年)1月25日 – 1942年(昭和17年)11月2日)は、数多の傑作を残した天才詩人です。

「ゆりかごのうた」「砂山」「からたちの花」「この道」「ペチカ」「あわて床屋」「待ちぼうけ」などの童謡作品を残しています。

・あめふり(作詞:北原白秋 作曲:中山晋平)

あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかえ うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン

かけましょ かばんを かあさんの
あとから ゆこゆこ かねがなる
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン

あらあら あのこは ずぶぬれだ
やなぎの ねかたで ないている
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン

かあさん ぼくのを かしましょか
きみきみ このかさ さしたまえ
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン

ぼくなら いいんだ かあさんの
おおきな じゃのめに はいってく
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン

現代的なアレンジの「あめふり」ですね。このように大正時代などの名曲を今様にアレンジして発表するのも良いですね。

この作品も、大正14年に「コドモノクニ」で発表されました。

歌詞をみると、「ピッチピッチ チャップチャップ」というオノマトペ(擬音)がとても光っていますね。大正時代、約90年前ということを考えると、先端のおしゃれな歌詞だったと思います。

歌詞のテクニックですが……あめあめ ふれふれ ゆこゆこ あらあら きみきみ……と二音の言葉を繰り返す手法が特徴的です。繰り返しを使うことで、イキイキとしたリズムが楽しい歌詞となりますね。

さて、

雨のパラパラいう擬音を、英語ではPitter-patter(ピッターパッター)といいます。実は、カスケーズの大ヒット曲「悲しき雨音」の歌詞に登場するのです。

日本語(ピッチピッチ チャップチャップ)と英語の擬音=オノマトペ(ピッターパッター)が、案外、近いニュアンスなので驚きました。

まさかの……ここで、「悲しき雨音」を紹介しておきましょう。

The Cascades – 悲しき雨音

 

007 雨降りお月さん

ここまで、作曲の中山晋平先生が3曲連続して登場しました。素晴らしい業績ですね。

そして、「あめふり」「あの町この町」などと同じく、この曲の1番も大正14年の『コドモノクニ』正月増刊号で楽譜付きで発表されました。まだ、2番のない状態でした。

引用させていただいた動画の路傍工芸さんのアートが素晴らしいです!

この「雨降りお月さん」は大変に好評であったため、同年の『コドモノクニ』3月号では「雲の蔭(くものかげ)」という続編が発表されました。メロディーも「雨降りお月さん」とは微妙に違っていました。

昭和に入って、レコード化される際に、中山先生の発案で、二つの歌詞を1番2番として合体させたのです。ですから、1番と2番のメロディーが違う不思議な構成の童謡が生まれたのです。

・雨降りお月さん(作詞:野口雨情 作曲:中山晋平)

雨降りお月さん 雲の蔭
お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
ひとりで傘(からかさ) さしてゆく
傘ないときゃ 誰とゆく
シャラシャラ シャンシャン 鈴つけた
お馬にゆられて 濡れてゆく

いそがにゃお馬よ 夜が明ける
手綱の下から ちょいと見たりゃ
お袖でお顔を 隠してる
お袖は濡れても 干しゃ乾く
雨降りお月さん 雲の蔭
お馬にゆられて 濡れてゆく

 

まとめ

いかがでしたか? 大正時代って短かったですが、とても魅力的な時代であったことが、童謡からも伝わってきますね。

今後も、全曲紹介まで頑張りますので、応援をよろしくお願いいたします。あなたも童謡作家をめざしませんか?

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野口 義修

投稿者プロフィール

音楽プロデューサー。
ベストセラーの『作曲本』(シンコー刊)や『楽しく学べる作詞作曲』(ナツメ社)の著者。
あみんの「待つわ」、雅夢の「愛はかげろう」、アラジンの「完全無欠のロックンローラー」、 伊藤敏博の「さよなら模様」......など多くの才能やヒット曲を世に送り出す。ヤマハ音楽院、昭和音大で作曲などの講師を歴任。

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コメント

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  • コメント (3)

    • マルヤマ カズヨ
    • 2016年 7月 25日

    私は、あめふりや、ゆりかごのうた、待ちぼうけがとても好きですが、あめふりは一番しか知らないないくらいです。
    ちゃんと物語があって、言葉がリズム良く並んでいます。
    童謡って楽しいですね。

    私は、おかあさんといっしょや、みんなの歌に出でくるような歌も作ってみたいですが、童謡というものを、子ども向けの歌と考えて良いのでしょうか?

    • 野口 義修
      • 野口 義修
      • 2016年 7月 25日

      はい、童謡は 童(わらべ)謡(うた)ですから、 子どもの歌という意味でOKと想いますよ。
      最近の子どもの歌は 大半が ロック調やポップス調で 昔懐かしい童謡なんて なかなかありません。 時代ですね。

        • マルヤマ カズヨ
        • 2016年 7月 25日

        ゆったりした歌を作ってみたいと思います。(﹡ˆoˆ﹡)

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野口 義修

音楽プロデューサー。

ベストセラーの『作曲本』(シンコー刊)や『楽しく学べる作詞作曲』(ナツメ社)の著者。

あみんの「待つわ」、雅夢の「愛はかげろう」、アラジンの「完全無欠のロックンローラー」、 伊藤敏博の「さよなら模様」......など多くの才能やヒット曲を世に送り出す。

ヤマハ音楽院、昭和音大で作曲などの講師を歴任。

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